star_of_bba’s diary

甲状腺、卵巣と立て続けに手術したのち台湾旅行に行きました。

お題箱の質問より(病気と妊娠について)

今回のお題

病気関連の記事ネタが無くなりそうで、ツイッターにお題箱のリンクを貼り大募集したお題について書く記事、2つ目。お題を下さった方ありがとうございました。引き続きお題は募集中です。なにとぞ。

話しづらいかもしれませんが、子供を持つことについてどのように考えていらっしゃいますか?私は病気はしていないものの、年齢と不妊で悩んでおり、ブログを拝読して気になりました。もし嫌でなければ聞きたいです。(お題箱より)



病気している場所が場所だけに、この話題は避けて通れないと思っていたが、個人的な感情だけの記事を書かないようにしていたので、なかなか記事にするのが難しかった。こういう機会を与えてもらえたのはありがたい。


予め断っておきたいのだが、これから書くことは全て「※個人の感想です」であって、誰かに向けた言葉ではない。

あなたにとって一番の理解者で、かつ、一番の味方はあなた自身だ。そのあなた自身が、あなたについて悩んで考えて決めた選択肢が、間違っているわけがない。あなたはちゃんと幸せになれる道を選んでいる。…ということだけ胸に刻んでいただいて、以下は「ふうん。」と思って読んでほしい。


自身の選択

まず、私は子供について「産まない」選択をしている。子宮内膜症があったし、今も子宮筋腫ができたままなので、望んだとして授かったかどうかは分からないけれど、夫と付き合い始めた頃から子供は作らないと決めていた。夫はたぶん、かなり欲しかったんじゃないかと思う。私が説得してしまった。

直接的な理由は二つある。金銭面と年齢。共働きでなんとかギリギリ、ほんのちょびっとだけ余裕を持った生活が送れている自分たちの収入で、子供に十分なお金をかけてあげられるとはとうてい思えなかった。そして私の年齢。夫と付き合い始めた時、既に私は35歳だった。自分の身体で、五体満足の健康優良児を育める気がしなかった。

「※個人の感想です」であっても、けっこう色んな方面に失礼なことを言っている自覚はあるし、金銭面も年齢も私が考えているほど問題にならないよという声や実例が山ほどあるのも知っている。子供が嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。私自身、あまり幸せじゃない子供時代を過ごしたので、自分の子供を持てたら目いっぱい愛情をかけて甘やかしたかった。思い出の中にいる子供の頃の自分と一緒に、めちゃくちゃ幸せにしてあげたかった。

根本的な理由はここで、子供を授かることに対して憧れと理想が強すぎた。それがかなわないかもしれないという不安要素を、ほんの少しでも持ちながら子供を望む勇気がなかった。怖気づいた。


他の女性に対して思うこと

私の選んだ道とその理由はこんなところで、じゃあ自身の事ではなく一般的に、世の女性に対してはどうかと言うと「産めるなら産んだ方がいい」と考えている。理由は、女性の体はそういう風にできているから。

宗教的な話をしてるわけでも、女は子供を産む道具だと思ってるわけでも、もちろんない。ただ、生物として身体の仕組みがそうなっているというだけの話だ。それだけの話なんだけど、元々仕組まれている流れを変えようとすれば、やっぱりどこかしらひずみが出てしまうものなんじゃないかと、自身の病気から感じている。

また、もし、今は出産について考えていない女性でも、可能性を狭めるようなことはしないでほしい。具体的には子宮や卵巣のことを『どうせ使わないから関係ない』なんて思わず、自分の身体を大切にして、婦人科へ定期的に検査しに行って欲しい。たとえ子供はいらない、むしろ早死にしたいという気持ちがずっとあったとしても、癌になりたいわけじゃないと思うので。


選べるって当たり前じゃない

私の場合、不正出血という異常が出てから初めて重い腰を上げて数年ぶりに病院を訪れた。そして卵巣に異常が見つかった。精密検査を勧めてくれた医師から「この状態だと、卵巣を切ることになると思う」と言われたこともあって、詳しい検査を受けて結果が出るまでの間、卵巣を失うという可能性が、とてもリアルに、かなりの現実味を帯びて私の目前に迫ってきた。

それは、子供を産まないと決めていたはずの私を深い絶望に落とし込んだ。夫に対する申し訳なさで、何度も泣いた。別に夫からは何も言われていない。むしろ病気の事だけを心配して色々気遣ってくれていたし、夫からしたらなんで今更?子供はいらないって決めたのに?くらいの話だったと思う。私が勝手に申し訳なさを感じて勝手に泣いていただけだ。

馬鹿な私は、ここまで追い詰められて初めて理解したのだ。『産まない』と『産めない』は、当たり前だけど別物で、2つの言葉の間には、とてつもなく大きな隔たりがあった。

検査の結果、幸いにも卵巣を残すことはできたが、自分の身体なのに自分の思いを通せないというのは、暴力を受けたような理不尽さ、辛さを味わうものだと今回のことを通して学んだ。しかもその暴力に、自分自身もいくらかは加担しているのだ。嘆いても悔やんでも、身体は元には戻らない。


知ってほしいし備えてほしい

人の気持ちも状況も、常に変わる。大きく変わる。人生、大概のことはいつからでも始められるけれど、身体のことだけは、取り返しがつかなくなる事態もある。変わっていく気持ちや状況に、できるだけ応えてあげられるように、あなたの気持ちと同じくらい、あなたの身体を大切にしてほしい。

もう何年も前のことだけど、二人目を授かった友人がポツリと呟いていた言葉が忘れられない。『卵子の数に限りがあるなんて、学校で誰も教えてくれなかったよ。知ってたらもっと早く結婚してたのに。』本当に本当にそう。みんなには、知った上で、備えた上で、選んでほしい。

今、私はこれまで生きてきた中で一番幸せで、しかもその一番幸せという最高記録が毎日更新されるようなミラクルハッピーデイズを送っている。私の選択もちゃんと私を幸せにしている。だからどうぞお気遣いなくなのだけれど、自分の身体のことを大事にしていれば防げたかもしれない色んな『たられば』は、やっぱり少し心の奥底にあって、たぶん誰に何と言ってもらっても一生消えない。そういうのは、無いに越したことは無い。


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