star_of_bba’s diary

甲状腺、卵巣と立て続けに手術したのち遊び歩いてます。

父を送る(10) 入院後最初の電話

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病院からの電話を受けた数日後。会社帰り、叔母からLINEでメッセージが届いた。父親が病院で履くサンダルが欲しいと言っているので届けてあげてくださいとのこと。分かりました、週末に行きますと返信した。父本人から私にはまだ何も連絡がないが、叔母には連絡したらしい。どういうつもりなのか、父親の考えが全く分からなかった。

翌日に父親からやっと電話が来た。手術前以上に声がガサガサカサカサしていて、息が漏れるような話し方をするのでほとんど聞き取れない。何度も聞き直し、ようやく「サンダルを買ってきてくれ」と「病院に持って来たけど家に持って帰ってほしい荷物があるんだ」と言っていることが分かった。どういうサンダルが良いの、と聞いても家の近くにあるドラッグストアで売ってるやつ、としか言わない。こんな短いやりとりだけでも聞き取るのに時間がかかり、何度も聞き返す私に対して父親は少しイライラしている様子だった。だしぬけに入院費をおばさんに立て替えてもらうように頼んだからおばさんも週末に病院に来るんだ、と言われた。え?そうなの?なんで?と聞くが、お父さんもう訳がわかんなくなっちゃってるんだ、と言う。こっちのセリフだ。結局自分で払えない事情は全然分からないままだったが、とにかく週末に病院へ行くよ、と伝えると、父親はこちらの心にささくれができそうなザラついた声でゆっくりと悪いねぇ、と言って電話を切った。叔母にはもう少し説明があったのかもしれないと思い立ち電話してみたたが、叔母も叔母でよく分からないけどとにかく立て替えて払わなくちゃいけないみたいよ、と言う。結局分からない。何も分からな過ぎて不安になった私は、叔母さんにとりあえず叔母さんも病院に来てほしい、とお願いして電話を切った。

もやもやしたまま週末を迎えた。家から二時間かけて病院へ向かう。電車の中で病院の近くのドラッグストアを調べると、実家の近所にあるのと同じチェーン店を見つけたので、そこでサンダルを見繕った。もう何でもいいやと、昔ながらのサンダルと、クロックスもどきの二種類を買い、少し遠回りで病院に着いた。病院のロビーで父親に電話して着いたよ、言うと、病棟に来られるのかな、どうしたら良いのかな…と父親がぶつぶつ言う。あらためて入院費のことを聞いてみると、そっちはもういいんだ。叔母が来て払ったから、と言われた。いや良くないだろう。すれ違ってしまった。叔母には病院に着いてから連絡しようと思ってたのが間違いだった。
結局、私との荷物のやりとりについて父親は判断がつかず、ちょっと受付に聞いてみてくれよ、と言われたので一度電話を切って受付の人に父親から荷物の引き取りを頼まれてるんですが、と申し出た。病棟が分からなかったので父親のフルネームを伝えて探してもらう。受付の人が入院病棟に電話を掛けてやり取りしてくれた後、ロビーでお待ちくださいと言われた。五分くらい待っていると、看護助手さんらしき人がキョロキョロしながらやって来た。同じくキョロキョロしていた私を見つけ、●●さんのご家族?と父親の名前を出してくれたのではい、すみませんと答えた。これをね、お父さんから預かったから。と小さなビニール袋を渡される。中には汚れた下着類が二、三枚と使っていない靴下が一足だけ入っていた。ほんのこれだけの荷物のために私は電車で片道二時間の距離を呼び出され、さらにここから一時間かけて実家に行くのか。という気持ちがどうしても湧き上がってしまう。
そんな私の気持ちに気付いたからか、看護助手さんが靴下は置いておけば?って言ったんだけどねぇ。あんまり勧めるとほら、怒っちゃうから…と父親とのやりとりを教えてくれた。その様子が手に取るように分かったと同時に申し訳なくなった。すみません、大丈夫です。持ち帰ります、と答えてから、実は父から荷物を届けるようにも頼まれていて…と持ってきたサンダルの受け渡しについて聞いてみた。あらそうなの、じゃぁ私が持って行くわ。と言ってもらえたので図々しくもお願いすることにし、何度もお礼を言って病院を後にした。

汚れた洗濯物を自分の家に持ち帰るのは絶対に嫌だった。コインランドリーで洗ってそのまま実家に置いて帰ろうと思いついたが、実家の最寄り駅周辺にはコインランドリーなんて洒落たものは無い。仕方がないので実家の最寄り駅より手前の多少栄えている駅で途中下車した。コインランドリーを目指して歩いている途中、父親から電話が来た。出てみるとちょっと待って、と言う父の声のすぐあとで病院のスタッフらしい男性が話し始めた。男性は、入院費を支払ってくださった方から娘さんに渡すようにと預かった書類がありまして、と言う。戸惑いながら何の書類ですか?と聞くと、預かっただけなので中身はちょっとよく分からないんですよね、と返されてますます戸惑う。男性からは、今からこちらに取りに来られますか?と聞かれた。もう日が暮れようとしている時間帯だ。また30分ほどかけて病院へ戻り、そこからまたコインランドリーに寄って洗濯して実家に行って…と考えるだけでも気が遠くなり、無理だと思った私はちょっと今日はもう無理なので、郵送してもらえませんか?と相談してみた。えっと…郵送…と男性が困っている様子が電話越しに伝わってくる。傍でやりとりを聞いていたらしい父親が、何を預かったの?とスタッフに聞いている声が電話の向こうから伝わってきた。父と病院スタッフのやり取りが続く。これです、と書類を見せられたらしい父親が、あぁ、これは渡さなくていいよ、と言うのが聞こえた。電話口にスタッフが戻ってきて、ちょっともう一度確認して、必要があれば郵送しますね、と言われたので分かりました、と答えて電話を切った。なんだったんだろう。ウンザリしながらコインランドリーに入った。まだ新しい小綺麗な店で、機械の使い方が分からず間違えて知らない人の洗濯物の乾燥を延長してしまった。
どうにか洗濯を終えて再度電車に乗り、さらに二駅下る。最寄り駅からバスに乗り換えて十分ほど揺られ、ようやく実家に着いた。暗くなっていたが少しでも風を通したくて家中の窓を開けた。洗い終わった洗濯物を置き、スマホを見て時間を潰す。一時間くらい換気して戸締まりをして実家を後にした。気持ちも体もヘトヘトで、叔母に電話するのは明日に回そうと決めた。

翌日、叔母に電話。立て替えて支払ってもらったことにお詫びとお礼を言いつつ、なぜ叔母が支払うことになったのか聞いてみるが、叔母もよく分からない、なんか(父は)払えないって言ってたよ、とのこと。書類を預けたと聞いたけど?と聞くと、支払った時に渡された書類を受け取らず、そっくり私に渡してくれ、と預けてきたらしい。これ以上叔母に聞いても何も分からないだろうと判断して分かりました、病院に確認してみますと返して電話を切った。何も分からない。


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