star_of_bba’s diary

甲状腺、卵巣と立て続けに手術したのち遊び歩いてます。

父を送る(21) 各所との連絡

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施設からは二週間に一度程度、父親から毎週末に電話が入るようになった。ちょうどこの頃に利用していた格安simの通信会社が留守電サービスを始めてくれて室内に携帯を持ち込めない会社に勤めている私は大変に助かった。

施設からの最初の電話はお父様が転倒しまして…という謝罪の電話だった。昨日はスポーツ新聞が届く日だったんですけど、朝、ご自分でエレベーターを使って下に取りに行こうとされたんですが、入居者さんだけでエレベーターを利用するのは禁止しているので、止めたんです。そうしたらあの、ちょっと怒ってしまわれて。お部屋に戻ろうと踵を返した時、点滴台に躓いてしまって。骨折などはなかったのすが、おでこに擦り傷ができてしまいました。申し訳ありません。

どう考えても父親が悪い。大丈夫です。分かりました。すみません。と答えて電話を切った。こんなことでも家族に謝らなくちゃいけない施設の人が気の毒だった。

父親からかかってくる電話の要件はさまざまだった。銀行に行きたいから次の通院の時頼むな、だったり、医療保険の手続きが必要だから書類を取り寄せてくれ、だったり。株の名義をお前に変えたいから証券会社に行く時間を作ってくれ、という話や車を手放そうと思ってるんだ、という話の時もあった。施設に営業さんを呼んだらいいのかな、どこかのタイミングで落ち着いたら電話してみなくちゃ。と考えつつ、次の通院のタイミングで色々本人の希望を聞いて決めようと考えた。電話越しの父親の様子は割と落ち着いていて、もう夕飯食べたか。何食べたんだ。などと聞いてくる時もあった。これは元気な頃から夜電話する時必ずあったやりとりだったが、流石に気が引けてまだ食べてないよ、これからだけど決めてないよ、と具体的なことは言わずに濁すようになった。一度だけ父親がこのやりとりをした後でポツンといいなぁ…と言った。言葉が見つからなくて、聞こえないふりをしてしまった。

父親や施設以外からも電話が続いた。留守電に父親が勤めていた会社のOB会の長をやっている、という方からメッセージが残っていたときは少しびっくりした。折り返してみるとすぐに出て、先日お父さんのお見舞いに行ってきまして…と電話を架けてきた経緯を話してくれた。
父親から、何かあったら連絡できるようにしておいてほしいと言われて私の番号を教わったそうだ。なので一度お電話差し上げて、こちらの番号も控えて頂こうと思いまして…と、会長さんが続けた。ご丁寧にありがとうございます。とお礼を言う。それなりの企業でOB会の会長さんをされているだけあって、話がスマートだった。
要件が済んだところで会長さんがそれであの、後学のために教えていただきたいのですが、お父さまの癌は声帯だったのですか。と藪から棒に聞いてきた。…ん?
いえ、えっと、食道の癌です。戸惑いながらも答えると、そうですか。それが声帯に転移したのですね。それで摘出して、声が出なくなって、手術をされた、と。さすがOB会長。一を聞いて十にも百にもお膨らましあそばされる。
いえ、いえ、声帯は何もしてないです。転移したのは肩のほうで、声帯は残ってます。声帯が無いから声が出ないわけじゃなくて、喉のあたりが麻痺して呼吸がしにくくなって、それで呼吸を助けるために気管を切開したんです。切開したところから空気が出て声帯まで届かないので声が出ないんです。二度三度と説明を繰り返すと、あぁそうですか、と会長は分かったのか分からないのか伝わりにくいぼんやりした答えを残して長々すみません、それでは、また何かあればご連絡ください、と言って電話を切った。なにがなんだかよく分からなかった。

叔母からもLINEがあった。お見舞いに行きたいので面会の予約を取ってもらえますか、という内容だった。コロナウィルスの影響で、施設への訪問は事前に予約が必要だった。希望の日時を聞いて施設に電話で予約をした。さんざん迷惑を掛けているのに、それでもきちんとお見舞いに行ってくれる叔母の存在が本当にありがたかった。


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